2025/10/28
前回、「心に残る患者さんのひと言」というブログを書きましたところ、多くの反響をいただきました。
今回は少し趣向を変えて、「患者さんから言われて思わず笑ってしまったひと言」をテーマに、当院でのエピソードをいくつかご紹介いたします。
「先生、それがけっこう歩くんや」
診察でよくお話しするのが「できるだけ歩きましょう」ということ。
ウォーキングは心にも体にも良い影響を与えてくれます。
ある日、88歳の患者さんに伺いました。
「しっかり歩いていますか?」
すると笑顔でこう返ってきました。
「よう歩いとるよ、毎日パチンコ行ってるから」
……ん?と思いながらさらに尋ねると、パチンコ店までは自転車で通っているとのこと。
「自転車でもいいですが、できれば歩いて行ってくださいね。パチンコって手首の運動ばかりで、足はあまり使わないでしょう?」
とお伝えすると、すかさずこの一言。
「先生、それがけっこう歩くんや。
玉、出えへんやろ? 出る台探して店内歩き回るんや!」
なるほど、それは確かに“ウォーキング”かもしれません。
さらに、「同年代の人と情報交換もしとる」と付け加えられました。
パチンコ店をデイサービスのように活用されていました。
健康の形は人それぞれ。“楽しみながら続けられる運動”こそ、何よりの健康法だなあと感じたひと幕でした。
「マスク外すわ!!」
生活習慣病のフォローでは、数か月に一度、体重測定を行っています。
ある日のこと、体重計の前で一人の患者さんが、真顔でこうおっしゃいました。
「1gでも軽くしたいから、マスク外すわ!!」
……冗談だとは思ったのですが、あまりに真剣な表情だったので、その場ではツッコめず。
診察が終わったあと、じわじわと笑いがこみ上げてきました。
おもしろいことは真顔で言う――まさに“基本に忠実”。実はその方、和歌山のYouTuberでもあります。
動画の中でも、このシュールなセンスが存分に発揮されており、「なるほど、あのコメントには理由があったのか」と妙に納得しました。
「それは駄目ね😆」
在宅診療で伺っている患者さんのお宅にて。
ある日、診察終わりに明るい声で言われました。
「先生、俳句を応募したら入賞したよ!」
「えぇ、それはすごいですね。どんな俳句ですか?」
と伺うと、笑顔で披露してくださいました。
かたづけを 明日にしよう また明日
やろうと思いながらつい後回しにしてしまう情景が目に浮かびました。
「僕も同じですよ。つい先延ばしにして、あとで焦ることあります」
と話していたら、つい冗談が口をついて出ました。
「往診を 明日にしよう また明日
なんてどうです?」
すると間髪入れず、
「それは駄目ね😆」
その即答があまりに見事で、2人で大笑いしてしまいました。
「ヒントちょうだい、ヒントちょうだい」
当院では「長谷川式検査」という認知機能を評価する検査を行っています。
日付を答えたり、短期記憶を再生したり、思いつく限りの野菜の名前を挙げてもらったりするテストです。
検査は診察室の隣で看護師が担当しますが、ある日のこと。
その部屋から、やけに楽しそうな声が聞こえてきました。
「今日は何月何日ですか?」
「うーん、わからん。ヒントちょうだい!」
「さっき言った3つのことを言ってください」
「2つはわかるんやけど……ヒントちょうだい」
「乗り物ですよ」
「いろいろあるからなぁ、、もっとヒントちょうだい!」
「いや、それ以上は・・・・・・」
「もうちょっとヒントちょうだいよぉーーー。」
「・・・・」
ヒントを求めるというのは、“自分で考えようとする姿勢”のあらわれ。
ヒントから答えを導き出そうとするその粘り強さは、むしろ立派です。
ただ、このときばかりは検査というより、
「いかに検査者から情報を引き出すか」という知恵比べの交渉ゲームのようで、おもわず笑ってしまいました。
「……(沈黙)」
これまでは「言葉そのもの」が笑いを誘う場面をご紹介してきましたが、逆に“言葉を発さないこと”が笑いを生む瞬間もあります。
たとえば――
認知機能を評価する長谷川式検査の最中。
それまで、回りで談笑していた患者さんたちがピタリと話すのをやめて静まりかえることがあります。
理由は簡単。周りの皆さんも一斉に“心の中で同時受験”を始めるのです。
「(えっと、今日って何日やったかな……)」
「(そうそう、今日は木曜やで……)」
「(えっ、さっき言ったこと? なんやったっけ? 意外とむつかしいな)」
声には出さずとも心の声が聞こえてくるようです。
首をかしげて一緒に考える人、うんうんとうなずいて模範解答をなぞる人、息をのんで見守る人。
気づけば空気は一変し、そこはまるで“テスト会場”。
無言のまま被験者に「がんばれ……!」とエールを送る、あの一体感と静かな熱気。
その光景に、思わずこちらが笑ってしまうのです。
患者さんの何気ないユーモアや言葉が、その場の空気を和ませてくれます。
笑いは、医療者にとっても心の支えであり、患者さんとの信頼関係を深める大切な一要素だと感じます。
これからも、思わず笑顔になった瞬間は、そっと引き出しのメモ帳に書き留めておこうと思います。