2025/01/26
患者さんとの日々のやり取りの中で、ふとしたひと言が強く記憶に残ることがあります。
私はどちらかというと楽観的な性格なので、思い返すのは楽しいことや微笑ましいことが多く、自然と頬がゆるんでしまいます。
今回は、そんな「心に残るひと言」たちをご紹介します。
「ただいま」
ある日、胸の違和感を訴えて来院された女性がいました。診察の結果、心筋梗塞の疑いがあり、即座に緊急搬送の準備が始まりました。バイタルサインの確認、搬送先の病院への連絡、紹介状の作成と、スタッフ全員が総力を挙げて対応しました。搬送が無事に終わった後も、「大丈夫だっただろうか」と、患者さんのことが頭から離れません。そして約2カ月後、診察室に元気な姿で現れた彼女が言ったのは、
「ただいま」
その瞬間、大きな後遺症が残らなかったという安堵と、緊急対応してくれたスタッフへの感謝が胸に溢れました。大学勤務時代は、患者さんを受けて治療し、回復して返すという立場だったため、患者さんの状態が不透明で不安な時間を経験することはありませんでした。しかし、地域医療では、患者さんが元気な姿で戻ってくるのを一日千秋の思いで待つこともあります。「ただいま」というひと言は、私たちが最善を尽くせた証拠です。これほど嬉しい言葉はありません。
「これで勉強しといて」
夜中にふくらはぎのつり(こむら返り)に悩まされた患者さんが、診察室でこう言いました。
「先生、これ読んで勉強しといて」
そう言って差し出されたのは、一冊の家庭医学書でした。いつも冗談交じりでお話しされる方なのですが、この日ばかりは真剣な表情でまっすぐ私を見つめていました。思わず丁重に本を受け取り、家に持ち帰って読んでみると、想像以上に内容が濃い!糖尿病や高血圧など、患者さんの持病とこむら返りの関係について改めて考えさせられました。処方した薬が効いて症状が改善したとき、患者さんの満足げな表情にこちらも笑顔になりました。家庭医学書を読みながら次の診察に備える自分を想像すると少し滑稽に感じましたが、それも良い経験でした。ただ、ふと「次回もっと分厚い本を持ってこられたらどうしよう」と少し不安になることも…(笑)。
「ここらへんの人、先生を頼りにしてるからね」
毎月ご夫婦で通院される患者さんがいます。ある日、診察が終わって帰り際にこう聞かれました。
「先生、日曜日も車止まってるけど、仕事してるの?」
「カルテ整理や急患の対応をしています」と答えると、奥様がこう言いました。
「日曜働くのはええけど、ここらへんの人、先生を頼りにしてるんやから、体壊さんといてよ」
炊事や家事、介護に加え、自分の病気の治療と多忙な日々を送っているはずなのに、それでも人への気遣いや優しい言葉を忘れない。その一言に胸がじーんと熱くなりました。「副作用のない薬」と言うなら、こういった優しい一言こそがそれだと思いました。
「あの白くて、まるい・・」
診察後、「薬をお出ししておきますね」と伝えたときのこと。患者さんがこう言いました。
「先生、薬が1種類余ってるから、今回はそれ、ちょっと少なめに出しといて」
「どのお薬ですか?」と尋ねると返ってきた答えが、「あの白い薬」です。その時点で「これは長丁場になりそうだな」と腹を括ります。おそらく私の表情から、「この説明じゃ分からない。」という雰囲気を察したのでしょう。
「ほら、あの、白くて、まるい…」
と追加で説明されましたが、実際、ほとんどの薬が白くてまるいんです。しかも、医師はカプセルや錠剤の色・形状についてはそれほど詳しくありません。幸い、今の電子カルテには薬の形状を確認できる機能があるので、一つずつ「これですか?」と確認を進めます。最終的には「薬局で改めて聞いてみてくださいね」とお伝えすることが多いのですが…。「あの白くて、まるい薬」というフレーズを耳にするたび、心の中で思わず「薬剤師さーん!」と叫びたくなります。
患者さんとの日々のやり取りで交わされる何気ないひと言。実は、それらが私たち医療者に「ハッ」とする気づきを与えたり、「じんわり」と心を温めてくれる力を持っています。今回は、そんな「心に残る患者さんのひと言」をご紹介しました。